図書
『令和版剣道百家箴』
『剣道範士九段 故 小川 忠太郎先生講話』より剣道修行上学ぶこと「猫の妙術」
剣道範士 上里 昌輝(和歌山)
故 小川 忠太郎先生が昭和56年6月に講演された内容を私は、剣道修行の中で主軸に位置づけています。
このことを、これからの剣道愛好者へ伝え、生涯剣道を実践していく上でその内容を理解して、更に剣道以外の多方面(日常生活)でも活用していただけたらと切望します。以下、小川 忠太郎先生の講演録から引用させていただきます。
◎小川 忠太郎先生の講話
剣道の話は、難しくすれば切りもなく難しくなる。哲学となって分からなくなる。哲学は頭で考える。優しく言えばこんな優しいものはない。
・高野 佐三郎先生の教え
私が、33歳位のときであった。京都大会の会場で高野 佐三郎先生にお会いした。そのとき先生に、「私は、試合では常に必勝の念でやっております」と言った。すると高野先生は即座に「試合場に来てそんなものがあってはだめじゃ」と一言。後は何もおっしゃらない、それでおしまい。後で分かったことだが・・・要するに試合を前にして、「何か考え事してはだめだ、そんなもの無くしてしまえ」と言うことだった。
では・・・「そんなもの」はどこから出るか?と言えば、それは心から出ている。目が覚めれば何も残っていない。我があるから相手がある。だから朝から晩まで、あの術、この術とガタガタすることになる。
「必勝の信念」なんてとって捨ててしまえ。捨てたあとに残ったものに名称をつけると「無念無想」とか「寂然不動」とか、やれ「平常心」だとか、もっともらしい言葉になるが、言葉をいくつも並べるより自分をはっきりつかむことが大事だ。
・一念不生
仏教のなかの一経文に、「一念不生」という文言がある。一片の妄心も起こすことのない澄みきった境界に達す、ということだが、ここまで到達できたら日本では神様、インドでは仏様、中国では聖者と呼ぶ。ところが「一念不生」の素質は人間なら誰でも、生まれたときから享有しているものだ。だから、自分も持っているからできると信ずること、すなわち「自信」を持つということだ。
自分以外の神や仏を信ずるのでなく、自分を信じなさい、根本はここにあるのです。ですから、やさしいといえばやさしいものなのです。
「無縄自縛」ということがある。剣道で例えるなら、相手が自分より強そうとか、反対に弱そうだとか自分を縛った目で見る。自分自身を束縛していたのでは、いい動きが出来るわけがない。他人に縛られた縄なら他人に解いてもらわねばならないが、自分で縛ったものなら自分で解けばよい。一切のものが自分の心の中にあるのだから。修行をするということは、自分を縛っている縄を断ち切ることだ。言葉を変えれば、そんなもの捨ててしまえば「一念不生」だけが残る。だが、ここまで来られた人でも、「おれは名人になった、だからこれ以上の修行は必要がない」と考える人がいるかもわからないが、こういう人は早い時期に「一念不生」から脱落してしまう。ようやく、一念にたどり着いたところで手を抜けば、それまでの修行が水の泡になって消えてしまう。
・「木鶏」のはなし
人間は死ぬまで修行、生きている限り修行を続けることが大切で忘れてはならないのであります。以上を前置きとして本題の「猫の妙術」について、お話をしてまいります。
「猫の妙術」を話すには、中国の古い物語である「木鶏」を紹介しなければなりません。「木鶏」こそ「猫の妙術」の基になっていて、どちらも程度が高い味わいのある話であります。
周の時代といいますから、日本はまだ縄文時代の晩期だったでしょう。「宣王」という闘鶏が大好きな王がいました。王は、自分でも飼っていた軍鶏の中から、どこの鶏にも負けない強い鶏を持ちたいと考えていたようです。
ある日、闘鶏調教の名人を呼んで調教訓練を命令しました。名人は、一羽の軍鶏を選び連れ帰りました。預けてから10日ほど経った頃、
王が「もうよいか?」と尋ねますと、
名人は「いや、まだまだいけません、空威張りをして俺がというところがあります。」と答えました。
さらに10日経ちました。
王は「もういいのでは?」と尋ねましたが、
名人は「まだ、だめです。相手の姿を見たり、声を聞くだけで興奮します。」と答えます。
また、10日が過ぎました。
王は「どうだ、まだか?」と尋ねますと
名人は「はい、まだいけません。相手を見ると睨みつけたり、威圧しようとする素振りが見られます。」と答えるのです。
こうして、さらに10日が経ちました。
王は「もう、どうだ?」と問えば、
名人は「王様、まあどうにかよろしいでしょう。近頃は、他の鶏の声を聞いても姿を見ても動ずるところがなくなり、まるで木彫りの鶏のように徳が充実しました。もう、どんな相手を連れて来ても負けることはありません。いや、相手は姿を見ただけで恐れて逃げ帰るでしょう。」と言いました。
王の軍鶏は、まさしく無敵の力量を備えた鶏に変わっていました。これが「木鶏」です。気の養い方を説いたものです。この、古典物語が「猫の妙術」のネタになっているのです。
・「猫の妙術」
猫の最高の状態は、寝ている猫であります。
「じゃ、なんですか?寝ていれば極意が得られるということですか?怠けていればいいのか・・・」と若い人に早合点されると困るんです。
山岡 鉄舟先生は、門下生なら誰にでも秘伝書を閲読させて研究させたそうですが、この書は見せなかったと伝えられております。曲解されて怠け心がついてはと心配したからでしょう。
「一念不生」に入るには、二つの段階があります。一つは、わざです。二つは、こころ。
最初は、「わざ」について説いて、「一念不生」は無限であると述べております。具体的に申しますと、勝軒という人の家屋に一匹の大ネズミが住みつきました。勝軒の家でも猫を飼っていたのですが、この大ネズミにやられてしまったのです。怒った勝軒は自分で捕まえようとするのですが、相手がすばしっこいのでとても捕まえられない。勝軒は、相手がネズミではやはり猫でなければだめか、と考えて近所の飼い猫を次々と借りてきてネズミと対決させましたが、どの猫も捕まえることが出来ない。
代表的なわざが優れた猫も、気合いが充実した猫も、間合いとりが優れた猫も、全く手に負えません。すると5・6町先(約600メートル)に、ネズミ捕りの名猫がいることを知らせてくれた人がいて、早速その猫を借りてきました。その猫は、見た目には格好がよいわけでなく、かといって利口でもなさそうで、また、わざを秘めているとも思われない古猫だった。ところが・・・
その古猫が部屋の中に、ノッソ、ノッソと入った途端それまで我がもの顔に振る舞っていた大ネズミが隅の壁の前でジッと動きません。古猫は、声も出さずノッタリ、ノッタリと近寄ると無造作に捕まえてしまったのです。驚いたのは一部始終を見ていた3匹の猫たちです。
「自分は、今までにネズミどころか、イタチでもカワウソでも簡単に捕まえたのに、今日の大ネズミにはかなわなかった。あなたは、どんな妙術でもって捕まえたのか是非教えていただきたい。」とお願いしたのです。
古猫は、「ごもっとも」というようにうなずいてから、「私の妙術より先にあなたたちの妙術を聞かせてください。」と言いました。
一匹の猫が前に進み出ました。「私は、わざについては極致を究め、今までに天井の梁を走るネズミであろうが、どこでも捕り損なったことがなかった。しかし、今日のネズミには私のわざが利かなかったのです。」と述べました。
古猫は、「成る程」と納得を示してから、「あなたが修行したのは、わざだけだったのです。わざには相手の隙を狙うところがある。だから今日のネズミは捕れなかった。わざは、ただ早わざだけを研究して相手を打とう、打とうとしてもだめ、最後には打ちを誤魔化してでもかまわないとと思うようになる。すると、道から脱線してしまうものです」と批評しました。わざは、早くてもいけない、だからといって遅くなってもいけない。要は、敵の兆しを打つことにある。相手の心の動き、気を打つのだ、これが本当のわざです。相手の兆しを観る目は、わざだけでは見えないものです。
続いて二番目の虎毛の猫が進み出て話をしました。「自分は、わざではなく気合を練った、だから気合には自信があった。先ず、打つ前にすでに勝ち、後で打つようにしてこれまで負けたことが一度もない。それなのに今日のネズミにはこれが通用しなかったのです。」
古猫は、「あなたの気合は勢いだったのです。丁度洪水の時の水の勢いと同じで、だから、ある程度流れ出してしまえば、後が続かず止まってしまい、尽きてしまうのです。これを客気といいます。」
孟子が「浩然の気」と言っておりましたが、この気は尽きることのない気なのです。気には勢いだけの「客気」と、小川 忠太郎先生*1がいったことらしいです。今日のネズミのように死を決意している相手には「客気」では通じないものです。若いうちは「客気」を本物と思い込みがちですから注意しなければいけません、と教えた。
三番目の猫が進み出て語りました。「私は、心で、すなわち間合いで勝負をしてきました。私は相手と争わない、相手が出れば退き、退けば前に出て自分の間合いを維持してきたから、誰にも負けたことがなかった。しかし、今日のネズミではだめでした。」
古猫は、「成る程、あなたがいう心というのは、相手に和合しようとする一念から出ている、だから途中でだれてしまうのです。」
三匹の猫は、古猫からそれぞれの妙術を指摘されて納得した様子だったが、今度は古猫に「あなたは、どのようにしたのか教えてください。」と要望しました。
すると古猫は、「それでは話しましょう。自分は、無心にして自然に和しただけ、これが全てです。」と答えたのです。
これがはじめに話した「一念不生」ということです。人間は、元来持って生まれた自然の心、無心にして自然に順応することが出来るのです。
わざをどうしたらよいか?早さを出すとか、隙を狙うとか、こういったことは自分がやっていることですから、これさえも無くしてしまえば、「無心」になれるのです。
次に、現在は「剣道の試合」と言っていますが、昔は「死合」と文字が異なっていました。今の試合では、勝とうが負けようが命に別状は起こらないように安全策がとられておりますが、昔は真剣でやったのですから、負ければ絶命してしまいました。だから「我」なんていう小さいものにこだわっていては勝てなかった。
これから私が話すのは、「一刀流本目録」の話で少々高度な内容になりますが、大事なことですからそのつもりで聞いてください。
先ず、構えの姿勢です。後ろ半身をしっかりと固めることが大事です。背筋を伸ばす、左足、腰、左手の握りです。膝を曲げた格好では絶対にだめ、そうして後ろには一歩もさがらない。一歩もさがらないでその場にいたらどうなるかといえば相手に切られてしまう。だから昔は「死合」だった。死と相対していた。それでもさがらない。
「振りかざす 太刀の下こそ地獄なり 一歩進め 先は極楽。」
さがってしまうからいけない。ここを悟ること。さがらなければ「懸待一致」の構えになる。相手が出たら打つ、さがったら打つ、ここから生まれたわざが「切り落し」になる。相手の攻めをグッとこらえ、その起こりばなをスパッと切り落す。
切り落しの内容は、先ず自分が死んでいないと出来ない。おっかなびっくりではだめ。だから大変である。生きよう、生き延びようと考えていると固くなって動けなくなる。本当に腹が決まるのは「死に合う」ときだから、ここをしっかり自分で研究しなさい。ここのところが分かれ道でもあります。
上手に飛び跳ねて勝とうとすると、わざだけでは前に話した「死に合った」ネズミには効きません。ですから「一念不生」こそ絶対であると修行をしなさい。古猫は「切り落し」の精神を体得していた。すなわち「無心」だった。
「無心」という内容はやさしいようだが、なかなかどうして大変なものです。死に合う試合をやって平常心を養う。平常心、平常心というけれど試合前なら誰だって皆、平常心でいるのです。
それが試合の場に臨み、こちらの生命を絶とうとする相手と対決するのですから、一歩もさがらないというのは容易なことではありません。
しかし、普段からこういう剣道を修錬していれば日常生活にも直結するのです。どんな場合でもこういった内容を持った平常心で応対するならば行き詰まることはありません。これを離れて、わざだけでいくからだめなのです。 以上
付記
一念不生
華厳宗・華厳経典の中心所説になっている。華厳経はインドでおこり、日本には天平8年唐の僧、道璿によって伝えられた。華厳宗は奈良の東大寺が総本山である。
木鶏
荘子が書いた『荘子外編』に禅問答として「木鶏」がのっている。紀元前300年頃、中国には既にこのような思想文化が育っていた。(受付日:令和7年5月29日)
*1 『剣道範士九段 故 小川 忠太郎先生講話』より
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



