図書
『令和版剣道百家箴』
「剣道雑感」
剣道範士 遠藤 正明(東京都)
1、剣道へのいざないと先⽣方の教え
私は剣道を始めて60余年になります。剣道界ではまだ修行の途中でしょう。そのほとんどは警視庁での修行であり、当時の思い出等を述べさせていただきます。
私は警視庁に奉職しましたが、剣道の世界に行こうとは思いませんでした。ただ警察官は剣道が必修課目であり、各種大会、稽古、訓練を実施する中で、剣道の指導者の道を先輩、先生方から聞かされ、それを目指してみることにしました。しかし⽬指したころで簡単に進める訳もなく、厳しい試験があり、なんとか合格してもその後には地獄のような⽇々が待っており、大変な所に足を踏み込んだと後悔しました。しかし諸先生方、先輩、そして仲間達に⽀えられてなんとか修行を続けることができました。
そしてほどなく警視庁の代表選⼿候補、いわゆる特練⽣に声を掛けられました。それがまた新しい地獄の始まりでした。その頃には剣道の世界のこともある程度分かってきて、警察大会、全日本選手権等に勝つことが特練の大目標であることに気付きました。
そこで選手になるために必要なことを自分なりに考え、諸先生方に教えを乞い、少しずつ階段を登ることが出来ました。幸いにも警視庁には当代を代表する立派な先⽣⽅が⼤勢おられ、その先⽣⽅から教えを受けたことは、今でもありがたいことと感謝しております。そこで、諸先⽣⽅から教えていただいたことを後世に残すべく何点か、述べさせていただきます。
「森島健男先⽣の教え」
剣道は、試合も審査も稽古も初太刀一本、これを失くしては剣の真髄はない。
「小沼宏至先⽣の教え」
剣道の打突は、雨垂れ拍子ではだめだ。雨垂れが、時に乱れる様に、打突にも緩急をつけろ。また、導火線の長い剣道を心掛けよ。
「佐藤博信先生の教え」
剣道の打突の要諦は、二度攻めること。
この佐藤先生の教えは、私は今でもその答えが見つかりません。その真意を教えていただきたいのですが、先生は鬼籍に入られて久しく、もう教えを乞うことはできません。自分なりの答えを探しながら、これからも修行することでしょう。
「中村 毅先生の教え」
筋を通して癖と為せ。誰にでも出来ることを誰にも出来ない位やる。
誠に奥の深い教えです。
そして先生方の教えとは比べようもありませんが、自分の経験から得た思いも述べさせていただきます。
「剣道は、寄せる、見る、打つ」
「テクニックに頼ればテクニックに破れる。」
「打つのが力なら、打たせないのも力である」
「剣先を乗り越えることは、人生を乗り越えることだ」
警視庁には「立切り」があります。二時間、突きの洗礼を受け、その剣先に恐怖を感じていたら何もできない。それを克服して、本当の修行が始まる。
以上述べさせていただきましたが、少しでもお役に立てれば幸いです。
2、剣道の国際化と世界大会について
2027年は、第20回の世界剣道選手権大会がまた、日本で開催されます。20回目といえば、第1回から数えて半世紀以上が経過したことになります。日本の伝統文化を世界に発信しようとの思いの中で、剣道の海外普及も国の支援を受け、その過程で世界剣道大会の実施が決まりました。以来、19回の大会が実施され、参加国、地域は増加の一途で、大変嬉しく思います。海外普及の努力が実り、剣道の魅力が少しずつ理解されてきた結果だと思います。
私も何ヶ国かに国際交流基金の要請で指導に行ってきました。もう何年も前になってしまいましたが、当時を思い出すと剣道を学ぶという真剣な思いがどの国においても伝わってきました。しかし、竹刀、剣道具、稽古着等が圧倒的に足りない。現在は改善しているのか心配です。まだまだ、日本の支援が必要なのではないでしょうか。
さてその一方、大会そのものに目を向けると、日本と韓国の実力が抜きんでて、ほとんどの大会で決勝を争っており、他国が入り込む余地がありません。他国もそれなりに力はつけていますが、まだ時間がかかるでしょう。その背景について私の考えですが、韓国以外の国の人々は日本の歴史、文化、伝統に興味を持ち、そこから剣道を始めることが多いため、どうしても年齢が高くなりがちです。剣道は他の競技と違い、足運びが独特で、加えて竹刀を持つ動作も複雑なものがあります。これらを身につけるのに苦労することが、上達に時間が掛かる要因と言えるでしょう。日本、韓国は子供のころから道場に通い、仲間と切磋琢磨し、練習、試合に出てその結果に対してしっかりと反省する。そんな環境で練習している日本、韓国チームと対等になるには、かなり難しいでしょう。
そこで、世界大会の一つの方法として、二部制の大会を考えてみました。日本の警察の団体戦で実施してる方法で、一部を8チームにし、二部をその他のチームのトーナメントとし、二部でベスト4になれば、次の大会では一部に上がり、一部のチームはリーグ戦を実施しその中で4チームを二部降格とする。そうなれば優勝旗が二本となり、参加者の意欲も上がるものと思います。一つの考えとして述べさせていただきました。
そしていつも話題になるのが、オリンピックと剣道です。世界最高の競技大会に参加できれば素晴らしいことだとは思いますが、現状では課題が多すぎると思います。まず、「剣の理法」に沿った試合ができるのかが心配であり、審判技術や各国間の実力の差、その他多くの課題をクリアできてからのオリンピック参加だと思います。
3、剣道の目的と目標のこと
東京には毎年9月に寬仁親王杯剣道八段選抜剣道大会があります。私も何回か出場させていただきましたが、その冒頭、寬仁親王殿下のお言葉で必ず話されることが、「剣道においては、試合に勝つことが、人生の目的になってはいけない。勝敗云々は一つの手段であって、そういう過程を経てより良い人格の形成に努めてほしい」です。このお言葉を初めてうかがった時は本当に心を打たれました。改めて、自分の剣道を見つめ直す機会となりました。
私は、地元で25年間、気の合う仲間と稽古会をしています。さらに某医科大学でも15年余り、剣道の指導をしてきました。初心者、有段者と接して感じたことは、それぞれの個人に合った適格な目標を示すことが必要だということです。そして目標が決まれば、それを成し遂げるために何が大事かを考えさせアドバイスもし、目標に達する努力の過程で得たものはその後の剣道人生にも、日常生活にも必ずや生きてくると教えたいと思います。
4、最後にあたって
私は「範士」という称号をいただいて10年余が過ぎました。範士は、錬士、教士の次ではなく、範士は侍、武士の模範となる者である。この言葉を常に胸に秘め、さらなる修行の旅を続けたいと思います。
私はこれまでの剣道人生の中で、様々な方から指導、励まし、勇気、その他様々な御恩をいただきました。残りの剣道人生で、少しでも恩返しできればと思う、今日この頃です。(受付日:令和7年5月30日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



