図書
『令和版剣道百家箴』
「伝統文化としての剣道」
剣道範士 小松 誠(秋田)
アメリカの政治学者サミュエル・P・ハンチントンは1996年の著書『文明の衝突』で、現代社会を構成する主要文明として、西欧文明・中華文明・イスラム文明・ヒンドゥー文明・ロシア正教会文明・日本文明・ラテンアメリカ文明・アフリカ文明の8つを挙げている*1。
その中でも日本文明は一国で一つの文明を形成している点で、世界的にも特殊な文明として紹介されている。文明と文化の違いはあるが、ここでは日本の文化として捉えておきたい。多くの国において、文化を支えるものの一つは宗教観であり、その背景には自然環境(気候・地形・地理的位置)が関係していると考えられている。この条件のもと、日本文化には「思いやり」と「変える力」という特徴がみられる。
「思いやり」について
日本は一年を通して四季折々の季節があり、採集・狩猟等自然の恵みが多い国である。反面、自然災害が多く、地震・台風・噴火等で津波、河川の氾濫・土砂災害などが起こっている。
このような環境の中、日本人は自然を敬う心と恐れる心を持ち合わせている。自然に対する「感謝と畏敬」の念である。
神道により、山の神・水の神・石や岩にも木にも神が宿るとされ「八百万の神」の考え方が定着した。この宗教観により、自然(人間も自然の一部)に対する「思いやり」の心が芽生えたのが日本文化の特徴であろう。
東京オリンピック招致においても「お・も・て・な・し」(思いやり)の心が大きな役割を果たし、成功に導いたと推測される。普段私たち日本人は「すいません」という言葉をよく使っている。外国人が聞くとなぜ謝っているのか不思議に思うことであろう。例えば外食の時など「すいません〇〇ください」と言って注文する。他家を訪問した際にも「すいません」と声を掛ける。電話でも「ありがとうございました」、そして最後に「どうもすいませんでした」などと日常生活に多用している。
これら「すいません」の使い方に関して、日本人同士では「ありがとう」の意味を含んでいることを無意識のうちに理解しているのである。要は相手に対する「思いやり」である。
このような相手に対する「思いやり」の心が、「剣道試合・審判規則」・「同細則」にも表れているのではないだろうか。不適切な行為があれば有効打突を取り消す規則・細則である。この規則27条、細則24条が剣道の伝統文化としての位置付けを確固たるものにしていると思うのである。
大相撲においても勝って泰然としている姿が、日本の伝統文化を象徴している。
「変える力」について
国内においては自然災害が多いため、しょっちゅう計画の変更が余儀なくされる。その為、常に「必要火急」が求められ、その積み重ねが「変える力」になったと推測される。
また、外国からの流入した文化、特に中国からの漢字をカナ文字にしたり、仏教においても妻帯・肉食・世襲など本来の姿を変化させたりしている。食文化(ラーメン・スパゲッテイ・ビール・チーズ等)も次々に変化させている。
この「変える力」はよく言えば「柔軟性」であるが、見方を変えれば「良い加減」と捉えることもできよう。
以上のように「思いやり」「変える力」が日本文化の特徴であると考えられる。剣道も松尾芭蕉の説く「不易流行」の精神で、日本の伝統文化を継続させなければならないと思う。
剣道存続の危機について
明治9年(1876年)、明治政府により廃刀令が布告された。軍人と警察官吏等を除いては帯刀禁止であった。しかし明治初期、激動の時代を反映して、短期間だが見せ物として撃剣興行が流行した。これに対しては、元武士たちの反発などもあったが、撃剣興行が剣道の継承に貢献したと思われる。
昭和20年(1945年)GHQにより武道が全面的に廃止された。その後フェンシングを参考に新たなルールを設け、スポーツとして「撓競技」の名称で行われた。
昭和27年(1952年)、日本が独立回復後、全日本剣道連盟が結成された。昭和28年(1953年)に学校教育にも剣道は復活した。この陰には国会議員の笹森 順造先生を中心とする剣道愛好家の努力と執念があった。
過去二度の剣道危機を先人の努力によって乗り越えたが、現在は国全体で人口減少が進み、三度目の危機に直面している。
この状態で如何に剣道を存続させるかは大きな課題である。今後日本の人口が増えないならば、外国人剣道家を増やしていくのもひとつの方法ではないだろうか。
また、剣道にはオリンピックがなく、なかなかスターが生まれにくいので、剣道の世界的スターを輩出させることも一つの方法ではないだろうか。その為には技術だけではなく、伝統文化としての剣道をしっかり理解することも必要であろうし、優秀な通訳も必要になるであろう。(受付日:令和7年6月4日)
*1 サミュエル・ハンチントン(鈴木 主税訳)『文明の衝突』集英社、1999年。
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。
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