図書
『令和版剣道百家箴』
「剣道はやらないよりはやったほうが良い」
剣道範士 豊村 東盛(東京)
中学1年より吉村 正純先生に剣道の手ほどきを受け、60年を過ぎました。高校(鹿児島実業高校)では、上脇 武雄・前田 憲男・大口 昭三先生の指導を受け、中京大学では三橋 秀三・近藤 利雄・恵土 孝吉・林 邦夫先生方にご指導いただきました。この間、特に大学時代の稽古後、自分では面紐が解けないほど鍛えられ剣道の根幹を作って頂きました。
また、全日本剣道道場連盟に勤務したおかげでカテゴリーにとらわれず一流の先生方にご指導頂いたことが、私の財産となっています。私より二回り、三回り以上の先生方の剣道に魅力を感じ、あこがれたものです。
ご指導頂いた先生方のお名前を上げたらきりがありませんが、東京都大田区にある東競武道館の師範であった坪内 八郎先生、大田区剣道連盟の会長であった工藤 一先生、道場連盟の会長小沢 丘・小笠原 三郎・石原 忠美先生を始めとする多くの九段・範士の先生方です。先生方には事細かに指導を受けた記憶はありませんが、先生方の印象に残る短い言葉として、「自分に出来ないことは人には言えない・極意は知っているが言わない・自分で自得せよ・剣道は柔らかく円く円く使え・懐に入れて打て・剣道は調和と対立を考えよ・一つの技を修得するのに10年かかる・あの人は歩き方が悪いので大成しない・審判員に風格のある人が少なくなった・剣道は瞬間瞬間の善処・君は試合に勝ったがへっぴり腰だ」等。ある先生に稽古後の酒席で、「豊村君は剣道をやって良かったことは?」との問いに、もたもたしていると、先生は「僕はまず酒が旨く、食欲が湧く、次に良く眠れる、そしてストレスが解消され夫婦喧嘩がなくなる」とのことで、なるほどと納得するも、奥様に叱られている姿をよく拝見もしました。また、ある九段の先生に「剣道は退がるといけませんか」の質問に、「君は難しいことを聞くね」で終わりました。
諸先生の気力に満ちた個性的な剣道と、人情味溢れるお人柄は戦前、戦後を通じて厳しい風雪に耐えた精神と、奥深い修行の賜物であったかと推察いたします。
このように、素晴らしい先生方にご指導頂き当年 75歳となりました。60年以上、修行しているにも関わらず、剣道に対する取り組みが甘いのか、真剣味が足りないのか恐懼疑惑の払拭はおろか、小事や人目が気になる日々で精神的な成長はみられません。剣道を少々やることで人間が変わるとは思えませんが、剣道はやらないよりはやったほうが良いとの思いで今日に至っております。
現在、三ケ所の道場で4歳児から 80歳以上、総勢 300人程の指導に携わっています。少年部の幼児はなにかと手がかかりますが、子供達に学ぶことは沢山あります。退会する子はほとんどいません。剣道人口減が問題となっていますが、増やす特効薬はなかなか見当たりません。剣道を始めたものを逃さない、辞めさせない指導法が大事かと、思っています。子供達には「褒めて鍛える」を指導方針としています。また、婦人部と称し、30名程が在籍しています。80歳を超えたご婦人も何名かおり、和気藹々の中で稽古を楽しんでおられます。一般部は高校生以上で公務員、医師、弁護士、会社役員、自営業、職人と各分野で活躍されている多士済々なメンバーが道場で所狭しと、竹刀の音を響かせています。このように子供から一般剣道愛好者の多くが剣道を生き甲斐の一つとして、稽古を続けてくれることに大きな喜びを感じています。
剣道の普及は、底辺を広めることと、剣道の質を高めることであり、この両輪をバランスよく活性化することが大事ではないかと感じます。そして剣道を学ぶそれぞれの目的とレベルにあった指導法が、競技本位から伝統文化としての剣道に繋がっていくものと思っています。
世の中は益々混沌として、憂えることは泉のごとく留まることを知りません。 剣道の修錬によって、周りとの和を尊びながらも、余計なことに惑わされない、ゆるぎない、しかして固まらない自由自在の心境に近づけないものかと思っている今日この頃です。(受付日:令和7年5月9日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。
を続けています。



