図書
『令和版剣道百家箴』
「初心に還る事」
剣道範士 山根 大二朗(岡山県)
剣道の理念について
子どもたちに剣道の技術を身につけさせ、試合で勝つ経験をさせることは大切である。試合で負けてばかり、稽古で打たれてばかりでは、やる気が出るわけがない。
また、試合で勝つことのみならず、負けることを経験することは、その後の人生の財産となる。このことが剣道においても非常に重要な事である。
しかし、ここで気を付けなければならない事は、勝ちに執着するあまり、人間形成という剣道修錬の目的を知らぬ間に見失い、指導者、保護者ともに各種大会で好成績を上げることのみを考えるようになることである。
また、当初は剣道の技術習得よりも人間的成長を期待していたにもかかわらず、試合に勝つことの嬉しさに、知らず知らず勝つことへの拘りを持ってしまうことである。本来の「剣道の理念」にたちかえるべきである。
剣道指導者として、まず、第一に念頭に置くべきことは、試合は剣道を修錬する上での奨励手段であって、試合に勝たせることは剣道指導の主たる目的ではないということである。剣道を通じて子どもたちに「人として何を学ばせ、何を身につけさせるのか」ということを常に考え、立派な大人に育てるのだという確固たる信念が何よりも大切である。
子どもたちが大人になった後、「あの時、剣道をやっていて良かった。剣道をやったことは、自分の人生にとって本当に大きな意味があった。」と心の底から言ってもらえるような指導を目指していくことを願うものである。子どもは咲く花、この世に一つ、かけがいのない、かぎりがない存在である。
野村 克也元プロ野球監督は、「人間的成長なくして技術的進歩なし」と言っていたと記憶している。
師弟同行
私は7歳のときから父(当時岡山県警察本部剣道師範)山根 昇より剣道の手ほどきを受けた。父の座右の銘は「施無畏」である。初心者であろうが高段者であろうが、求めてくる者は誰であっても拒むことなく、弟子として厳しく温かく愛情をもって接し、信頼を築いていったのだと思う。
父の姿勢として以下の言葉を鮮明に覚えている。
「『言うは易く、行うは難し』という言葉があるように、剣道は口先だけでは駄目だ。実際に道場に立ち、へとへとになるまでやってやってやり抜いてこそ、人を導くことのできる説得力のある姿勢が生まれるのだ。」自分の苦しい修行の中からこそ、伝えるべき姿勢があり、その事が人の心を動かすのであると言いたかったのであろう。
父はこのように、道場では常に自ら率先垂範しており、技についても弟子の前で実際に示範し、また、試合についても、全国大会予選会などの自分の試合を弟子たちに観戦させていた。弟子たちは結果を観て、憧れとともに信頼を寄せていたと思う。
この身をもって示す師の剣道に対する姿勢は、私の剣道指導者のみならず、人としての心柱になっている。
弟子は、師の後姿を見て学び、成長していくものと思う。私は次の言葉を大切にしている。
師と弟子は二人旅人の如し(道元禅師)
生命に限りがなければ永遠に修行である(野間 恒『剣道読本』)
生涯剣道
今から20年ほど前、岡山県から世界剣道選手権大会に出場して優勝した選手たちの祝賀会の際、石原 忠美範士に「山根君、君は幾つになったかね」と聞かれ、57歳ですとお答えすると「もうこれからは、君自身が10年後の67歳になった時のことを思い、10年後を見据えた稽古を積み、その時に立派に通用するような剣道を目指して精進しなさい。」と言われた。
スピード、パワーに頼った剣道から早く卒業して、心気の鍛錬をしなさい。10年後になって、通用しなくなったからといって、慌てて自分の剣道を変えようとしても間に合わない。これからは、目先の剣道に囚われることなく、生涯剣道を目指した稽古を心掛けなさい、と言われたような気がしたことが昨日のことのように思い出される。
おわりに
沢庵禅師が『不動智神妙録』で述べた次のことばを紹介したい。剣道を愛する方々にも、この教えを参考に、日々の稽古の取り組みを見直していただければ幸いである。
最高の境地は初心に還る。是れ初めと終りと同じやうなる心持ちにて、一から十までかぞへまはせば、一と十とは隣りになり申し候(吉田 豊編『武道秘伝書』所収)
(受付日:令和7年5月26日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



