図書
『令和版剣道百家箴』
「伝承」
剣道範士 濱﨑 滿(東京都)
人生百年時代、振り返れば幸せなことに私には剣道がありました。
一、我が故郷と少年剣道時代
天草の灘に夕日が落ち海に浮かぶ島々の松が茜色に染まり風光明媚な港町である我が故郷、熊本県宇城市三角町。この小さな田舎町から今まで6名の剣道範士が誕生したことも町の誇りです。
肥後(熊本)は武道が盛んな尚武の国であり、私は小学4年生の時に剣道部に入部しました。この時が私と剣道の出会いです。新入部員は毎朝そして放課後、打ち込み台に向かってひたすら基本打ちを繰り返し、剣道具はなかなか着けさせてもらえませんでした。中学に入学してからは、校長先生自ら指導に当たられ、小学校と同じで大きく振りかぶり打ち込むことだけしか習いませんでした。試合でも稽古と同じで、小さく打つと怒られたことを思い出します。
二、座右の銘
私の座右の銘は「我、事において後悔せず」です。何事においても悔いの残らないようにすることです。その為には、目標を立て目的意識を持って努力することが大事です。この教えは二天一流の宮本 武蔵が晩年、細川藩(熊本県)の霊厳洞で除夜の鐘を聞きながら1年を振り返り、『独行道』に纏めた生活信条の一つであります。武蔵の集大成でもある『五輪書』も、この地で2年間にわたり完成させたのです。
三、良師に出会う
剣道は良師に就いて習うことが一番大事です。
剣道に限らず、習い事には立派な先生に巡り会うことが大事です。人生の正しい生き方を教えていただくのも良師であり、人生の羅針盤と言っても過言ではありません。
私が今あるのは、幸せなことに小学校時代から現在に至るまで立派な先生方に巡り会えたことです。今でも人生の宝として、師の恩を忘れたことはありません。
四、基本の大切さ
現在では、すぐ剣道具を着けさせ、早くから試合をやらせるのが多く感じられます。このことが良いか悪いかはわかりませんが、土台がしっかりしてなくては砂の上に家を建てるのと同じです。当てっこは上手になりますが、壁にぶち当たった時は真っ暗な道に迷って抜け出せません。なぜなら修正する土台がないからです。試合においてもその勝ち方に意義があります。剣道では反則から遠いところで有効打突を競います。即ち正々堂々と戦うわけです。お互いに誠を尽くし戦い、相手を敬い、思いやりの心を持つことが大事です。越後の名将上杉 謙信の「我は兵をもって雌雄を戦いで決せん、塩をもって敵を苦しめることはせぬ」は、心に残る名言です。
私の剣道の基礎を作っていただいたのは大阪の高校時代でした。剣道部の稽古は半端ではなく、基本重視の稽古です。入学してから夜は素振りと基礎体力のトレーニング、朝稽古と午後の稽古も切り返し、掛かり稽古と基本稽古でした。
休みの日は、4回稽古もあり、夜の稽古は剣道着を着けたまま夕食でした。剣道三昧の日々が今の私を作ってくれた大事な時期だったと感謝しています。
五、心に火をつけた言葉
米国の教育学者ウイリアム・アーサー・ワードの教えに「偉大な教師は心に火をつける」という名言があります。私の心に火をつけた師の言葉を述べてみたいと思います。
私が今このように剣道を続けていられるのも、高校の恩師の一言でした。就職の相談をした時、「お前は剣道から逃げるのか」と。何年も前に卒業したのに私のことを今でも心配して頂いたことが嬉しく、私の心に火をつけた言葉です。別れ際に「一度の人生、悔いのない人生を選べ」と言われたことも鮮明に覚えています。
警視庁に奉職し、全国大会に優勝した次の日の朝、恩師から呼ばれ「布団を纏めて九州に帰れ、選手でもないのに今朝の朝稽古をなぜ休んだ、今日の朝稽古が1年分に匹敵するのだ」の言葉は、私の心の甘さを教えて頂いた一言でした。
修行の過程において、心が折れそうになった時、気持ちが流されそうになった時も、師匠や先生方の心に響く一言が剣道観や人生観を良き方向に導いていただきました。反面、特に子供達剣士が夢に向かって頑張っている気持ちの火を、言葉や暴力によって消さないでほしいと願っています。
六、指導者像
謙虚で自己研鑚に努め、自らの名に恥じぬよう、言動に誇りと責任を持ち、人に内笑いされない指導者でありたいものです。
七、遺すこと
今までの剣道人生、師の恩、両親の愛情、家族の支え、剣友のお陰で竹刀を持ち続けることが出来ました。これからも我が国の伝統文化である剣道を、次世代へと正しく伝えていくことが私の使命であります。
剣道は「山山雲」、年輪を重ね、日々精一杯生きてまいります。(受付日:令和7年5月29日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



