図書
『令和版剣道百家箴』
「将来の剣道愛好者に伝えたいこと」
剣道範士 蒔田 実(千葉県)
母に勧められ初めて竹刀を握ったのは、小学4年生の夏でした。「他人に迷惑をかけるな」と、始めた剣道も今年、喜寿を迎える歳になりましたが、今でも楽しく竹刀を握り続けることが出来て剣道に感謝しています。
私は、戦後の最も多いベビーブームに誕生し、母としてはガキ大将の私を躾けてくれるのは剣道が一番適していると思って習わせたそうです。しかしながら現在では時代の流れとは言え、少子化とスポーツの多様化で剣道人口は激減しているのが現状です。
剣道は日本の伝統文化であり、「剣道の理念」にあるように、本来の目的は「剣道の修錬を通して人間形成をする」ことにあります。多くの剣道愛好者の方々には、本来の剣道の目的にもう一度、目を向けて欲しいと思っております。
私が通っていた大阪市立大宮中学校は、私が2年生の時に剣道部が創部され、それをきっかけに大会に出場することが出来ました。
母も躾のための剣道でしたが、試合に勝つ私の姿を見て、とてもうれしそうな顔を見せてくれるので、その顔見たさに親孝行のつもりで一所懸命、稽古をしていた時の様子が走馬灯のように思い起こされます。
現在、全日本剣道連盟の普及委員長*1を仰せつかっておりますが、如何に剣道を「生涯剣道」に結び付けるかが大きな課題であります。
剣道の特色は、精神性と競技性の二本の柱を一本にしたことですが、現在どちらかと言えば競技性の方に趣が強くなっています。近年、「勝利至上主義」という言葉をよく聞きます。私には勝つことが悪いことのように聞こえてしまうのですが、勝つために一所懸命に努力をし続けることは大切なことですし、初めから負けるために稽古をしている人は誰もいないと思います。「打って反省、打たれて感謝」で、勝っても負けても反省と学習を積み重ねることで次に繋げていく、これらのことが何よりも大切なことだと思います。「勝って驕らず負けて悔やまず」で、常に前向きに取り組んで欲しいと思います。
私の高校時代、PL学園は全寮制で、稽古の量は日本一だったと自負しています。平日は朝・夕の稽古で、休みの日は朝・昼・夕の稽古三昧でした。どんなに疲れていても気を抜いた稽古だけは厳しく指導されました。試合においては、「勝って怒られ、負けて褒められる」ことが度々で、特に相手を見下した試合や、姑息な試合で勝った時は「正々堂々と勝負をしろ」と、必ず怒られました。また逆に、積極的に攻めて打って出て、出小手を取られて負けた時は、「よく打って出た」と褒められたことも度々ありました。高校を卒業してからも、数えきれないほど素晴らしい先生方のご指導に恵まれ、最高の剣道人生を送らせて頂き心から感謝しています。
お陰様で私の自慢は、子供も孫も剣道をしてくれていることです。正月には我が家に全員集合で、剣道着に胴・垂を着けて記念写真を毎年撮っていますが、孫の成長の早さに驚きと喜びを感じながら新年を迎えることが出来て、家内と共に幸せを感じています。
剣道は観ているだけでは、サッカーや野球のように面白いものではありませんが、竹刀を握れば握るほど奥の深さに魅力を感じるものです。
剣道は試合に勝つことも大切なことではありますが、本来の剣道の目的は、「己の弱さを知り」「人の痛みを感じ」「不屈の精神を養い」「和の心を体現する」ことにあります。
剣道の教えで「交剣知愛」という言葉があります。竹刀を交えて惜しむことを知るという意味です。お互いが「稽古して良かったな」「機会があればまた稽古をお願いしたいな」「良い汗を流せたな」と、惜しむ稽古が「生涯剣道」に繋がると確信しています。
全日本剣道連盟に、暴力・暴言・いじめ・パワハラ・セクハラなど、苦情や訴えが年々増えてきております。人間の尊厳を否定する剣道はしてはなりません。これは指導者だけの問題だけでなく、誰にでもあり得ることで、穏やかな雰囲気の良い環境の中で心身を鍛える稽古場であって欲しいと心から願っています。
剣道は生涯にわたる実践です。しかし、嫌なことをされたり意地悪をされたりしては剣道を好きになることは出来ませんし、好きにならなければ剣道を続けることは出来ません。好きな剣道を子供と孫と三世代で剣道をすることが出来れば、剣道人口は減ることはないでしょう。
おわりに、将来の剣道愛好者に伝えたいことは、「剣道の勝利者」を目指すだけでなく、「人生の勝利者」を目指して欲しいということです。心から願っております。 (受付日:令和7年5月12日)
*1 本稿執筆当時は全日本剣道連盟普及委員長。現在は副会長。
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



