図書
『令和版剣道百家箴』
「指導法」
剣道範士 俣木 正喜(鹿児島県)
剣道は、剣の理法の修錬による人間形成の道である。攻防打突が理に適う為には、心法、刀法、身法を一体として体得しなくてはならず、それには修錬しなくてはならない。
業を磨き、心を錬ることによって人間形成に役立たせる。これが剣道の本質である。
(1)生涯剣道
剣道の特性と言えば、伝統を守る精神、日本人の血脈、求道心、本能、健康、人づくりなどだが、歳をとっても出来るということがある。剣道は一本の打突を重要視するが、その一本に我々の人生を納得させるものがあり、ここに向かって稽古が続けられなければならない。相手は自分を向上させてくれる貴重な存在であることを自覚し、和の精神を持って接する。これが恭敬の念に通じ、思いやりの心に通じている。
(2)剣道の理念
剣道の指導は、昭和50年に制定された「剣道の理念」によって行われる。「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」とあり、攻防打突が理に適う為には、心法、刀法、身法を体得しなくてはならない。
この修錬は、心法で平常心、不動心を保つために、正しい心を求める。刀法で理に適う正しさを求める。身法で腹、腰を中心にした自然体すなわち、正しい姿勢を求める。こういう修錬が道に通じ、人間形成に繋がるのである。
(3)心気力の一致
古文書に剣道の極意とは、心、気、力の三つが一致して、一瞬一息という僅かな時間の微妙な機を掴むこととあった。
高野 佐三郎著『剣道』には「心気力の一致」とある。「心」とは、精神作用の静的方面をいうもので、知覚し判断し、思慮分別するものである。「気」とは、精神活動の動的方面をいうもので、心の判断に従って意志を決定する心の勢力活動である。「気合、気勢、気力」と言う。「力」とは、身体の力のことであり、これが現れて技術となる。
高野先生はこれを「体の運用、技の動作等と言う」と説明している。なお、この教えは、日常の稽古の中で自ら理解し会得され、この境地になれば打突も正確になされ、剣道上達に非常に大きな効果を持つと説いている。
(4)師弟同行
『正法眼蔵』には、「正師を得ざれば学ばざるに如かず」とあり、如何に良師を得ることが道を求めるためには大切かが説かれており、三年かかっても良師を得よ、と言ってある。
剣道の段階的指導は「守・破・離」によって、師から弟子へ教えとして行われる。「守」は書の楷書に相当し、師の教えを守り、基本に忠実に教えのままを実行する。「破」とは、練習を積み重ねやや高度な位を会得した段階で、書の行書。「離」は、更に修行を積み重ね新しい高度な心技を会得し、工夫研究を重ね、自己一人に帰する新境地のことで書の草書に当たる。
(5)三昧(さんまい・ざんまい)
三昧とは、物事に集中してそのものになりきることであり、自己を忘れることである。
苦しい修行を乗り切る稽古、耐える稽古、苦しさが苦しくなくなる稽古、楽しさがより楽しくなる稽古の境地こそが三昧といえる。
(6)呼吸
呼吸は、呼気性強腹圧丹田呼吸で行う。丹田を鍛えることにより、気が錬られるようになる。平常、努めて丹田呼吸をし、静座の実行が望ましい。心身の疲労が回復しやすい。
(7)手の裡
竹刀の持ち方は真剣の太刀を持つのと同じである。竹刀も太刀も剣の理法に従って刀筋を立てる。
竹刀の振りは柔らかく、締めず、緩めず、小指は離さず、茶碗を持つ気持、生卵を持つ感じ、小鳥を飛ばさず、傘の柄を握った気持で行う。
左右の連繋は、茶巾絞りとする。手の裡の力配分は、緊張(握り締める)と弛緩(緩める)の連続である。
最後に、剣道の本質を全うするには、「基本に忠実に、正しい姿勢、正しい間合、打つべき機会に、正しい足捌きによって打ち込む稽古を積み重ねること」が大事である。(受付日:令和7年5月16日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



