図書
『令和版剣道百家箴』
「警察武道の目的と必要性について 」
剣道範士 中田 琇士(東京都)
警察は個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取り締まり、その他公共の安全と秩序の維持に当たることを以てその責務とする。
警察においてこの責務を遂行するため、事ある場合は実力にて事態を鎮圧し、犯人を逮捕する職責を持っている。即ち強い執行力を要求される警察官は、強くなければ価値がない。信頼される警察官は強い警察官である。しかし強い警察官であっても、実力行使は相手を圧倒殲滅するのではなく、目的に照らして必要最小限度に止めるべきは勿論で、相手の基本的人権を尊重しなければならない。
「正義なき力は暴力、力なき正義は無能」といわれている。このため常に警察官は強靭な体力、気力、卓越した技能を錬磨し、併せて精神力を養成することが大切であると共に冷静沈着、公明寛容なる精神をもってあらゆる仕事を完遂しなければならない。
これらの要求にこたえることが警察武道である。この警察武道の精神を通じて職責を自覚し、確固たる信念と旺盛なる責任感をもつ立派な警察官が育成されるのである。武道訓練に力を入れるのは、実力ある立派な警察官を育成して警察力を充実するためであるが、実力というものは体力と精神力の均衡の取れた力でなければならない。真の実力を持った警察官は余裕をもって仕事ができる。事に臨んだ場合、ゆとりがあるため相手の立場を考慮して立派に処理できるのである。背伸びしないで余裕をもって事の処理ができる警察官が望ましい。警察武道は、その職責と一体となっているところに真に開花するものである。
警察剣道の指導方針としても精神的な修錬が極めて重要であって、剣道が本来、邪を制し正しい秩序を守ることは、その発展の歴史をみても明らかである。警察官に剣道を教えるのも、究極においては正しい秩序の維持に役立たせることであるから、技量、腕力のみに 終始して精神的修錬を忘れてはならない。それ故に礼儀を重んじ、謙譲心を養わせ、廉恥を尊び、常に公明正大なる態度を持するように訓練せねばならない。剣道の修錬を通じて、円満な人格の形成に必要な精神的徳目を養成する。そして勇気と冷静沈着な態度及び忍耐、克己の精神を養うことにある。
「撃剣再興論」(川路 利良大警視)
一、護身ノ棒ヲ持スルモ敵ヲ挫クノ術ナケレバ、身ヲ護スル事能ハザルベシ。
二、暴悪ノ徒ヲ治ムルニ、己レニ鍛練セル武備ナケレバ、挺身格闘スル事能ハズ。旧幕時代猛悪ノ賊ヲ捕フル能ハザルモノ皆是也。
三、巡査ハ平生現場一身ヲ力動シテ事ニ当ルモノナレバ、剣客ノ如キ常ニ身ヲ鍛練セル者ヲ用フベシ。
「撃剣再興論」は川路が西南戦争後にまとめた文章で、警察剣道の目的と必要性が述べられている。その川路の訓示を属僚の植松 直久らが収録した「警察手眼」は、川路死後146年余り今日まで、日本の警察魂の根源として光を放っている。警視庁警察学校の川路像に「声ナキニ聞キ、形ナキニ見ル」と刻まれている。捜査の極意と言われているが、川路は、千葉 周作に付いて、北辰一刀流を学んでいる。剣の修業から得ることが出来た極意である。
「幕末の三舟」と言われた高橋 泥舟の詩句に、「欲深き 人の心と 降る雪は 積もるにつれて 道を失う」とある。自分の箴言としている。(受付日:令和7年5月14日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



