図書
『令和版剣道百家箴』
「稽古の充実(先人の教えに学ぶ)」
剣道範士 武田 牧雄(北海道)
稽古は、日本最古の史書『古事記』前文に「稽古照今」(古きを稽え、今に照らす)とあり、古きに学んで未来に広げ発展させれば新しいことを知る事が出来るとの解釈ですが、中世以降主に技芸・武道を学んだり習ったりする等、「道の修行」という概念に通じ、身心の鍛練という意味合いに使用されています。また稽古の意味は「温故知新:故きを訪ねて(温め)、新しきを知る」(『論語』為政篇)と同意であり、過去の知識・経験の上に更に修錬する人間形成の道の原点とされています。人生全てが稽古であり、己の進歩・発展の為、先人の教えに学ぶ事で私の修行の道標としています。以下に私がこれまで各先生からいただいた教えを文献とともに紹介させていただきます。
・「稽古(修行)の目的」
『武道秘伝書』(吉田 豊編)に、「稽古の究極の目的は、それを完全に身につけることによって無意識のうちに、ありとあらゆる状況の変化に対応して、正しい動作ができるようになることであり、最適の技を反射的に無意識の内に使えるような境地こそ柳生新陰流の極意」とあります。
剣道修錬の目的は、己自身を高め「道」を極める修行にあり、その本質は「稽古」にあると思います。まず基礎的な知識・技能を修得する事が出発点となり、道を極める為の過程で、相互に信頼し、礼節を尊び、敬愛の情を持って、全ての人を師として真摯に学び、楽しく剣道をする事を心掛け、共に進歩する事が重要な要素です。これが損なわれると道から離れ、「剣道の理念」である人間形成の精神から程遠いものとなります。
・「自己を知る」
稽古は対人動作ですから、それぞれに一足一刀、間、拍子、身体能力、経験、練度、心理的作用にも違いがあり、同じ状態は皆無です。『孫子の兵法』(守屋 洋著)には「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」とあります。自己・他人の能力をよく知ることが大切です。自分の弱点、力量不足の克服のための努力をしているか、自分勝手な稽古ではなく、打つべき機会を磨き、先の気魄と攻めの要点を習得する事が大切です。稽古は、見切る、捨て切る、打ち切る、残心の中で、終始、相手との気のつながりを大切に、動じない風格を備えたいものです。
・「心を養う」
『不動智神妙録』(沢庵)に「心こそ、心迷はす心なれ、心に心、心ゆるすな」とあります。心は姿・形に現れます。威風堂々とした姿・形からは、品格・修行の過程や練度が判ります。稽古を通じ心を練り、人格形成、品格を高めていく事が大切です。
・「稽古の本質」
『中庸』に「人一度にして之を能くすれば、己は之を百度す、人十度にして、之を能くすれば、己は之を千度す。果してこの道を能くすれば、愚かなりと雖も、必ず明らかに、柔なりと雖も、必ず強からん」とあります。人と同じ事をやっても進歩はない、人が一回行えば百回行い、人が十回行えば千回行う心掛けで行えば、必ず目標達成に近づく事となります。(赤塚 忠『新釈漢文文献 大学・中庸』および守屋 洋編訳『大学・中庸』参考)
・「稽古・修業」
千 利休は「稽古とは一より習い十を知り、十よりかえる、もとのその一」と言っています。稽古は同じ事の繰り返しですが、創意、工夫等の繰り返しの中にこそ、百錬自得の求める真理があるのです。
・「蹲踞からの構えが全てを決す(現す)」「ジリジリの攻めで崩す」「ギリギリの間合と先」
持田 盛二先生と小川 忠太郎先生の教えには、次のように書かれてあります。「相手が出ようとすれば、切っ先のジリジリの攻めで、機先を制し、隙間を攻める。」「遠間から剣先が触れ合うところ、斬るか斬られるかのギリギリの間、剣先が触れあった時には、先になっていなければならない。」「蹲踞は獅子の気合い、獅子の位であり、立ち上がったときは先。」「一番大切な処は蹲踞で、礼から蹲踞に至る過程でその人の力量、品位、風格等が解る。」「立ち会い前後の所作、礼法に重厚さがあるか、蹲踞から構えたところで相手を上から封じ込む気位を備えているか。」「剣先に気を入れて相手の中心から外さず最後まで気を継続する。」「剣術の稽古は人に勝たずして、昨日の我に今日は勝つと知れ。」(小川 忠太郎『剣と禅』、杉山 融『刀耕清話』)
・「先を取る」
井沢 蟠竜子『武士訓』には、「先を取るというは、技をもって言うにあらず、掛かるにあらず、待つにあらず、気の位を指して言へり。」 「破竹の勢いというのがあるが、勝負は竹を割る如く、途中でとどまることなく最後まで一気にたるみがないようにする。」とあります。
おわりに
真に気で攻められ、心の隙を打たれたものは、打突の強弱に関わらず、その瞬間の理合に「打たれて感謝」の気持ちを持ちたいものです。稽古では弱点を知り、克服、工夫すべき課題が教示されていますので、打たれてこそ真実が見えます。私は「一剣入魂」の稽古により、生涯学習を心掛ける所存です。(受付日:令和7年4月23日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



