図書
段位審査に向けて
第3回 中田 琇士範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第3回目として、普及委員会・指導部会の中田琇士委員長にお話を伺います。
中田琇士委員長(以下中田)
先ずお伝えしたいことは、稽古・試合・審査を別々に考えないということです。普段の稽古で出来ないこと・やってないことを、試合・審査でやろうとしても出来ないですからね。稽古の時、しっかり工夫してやって頂きたいですね。
篠原
最初に「攻めて崩す」「相手を使う」ということついて、お話を伺えますか?
中田
皆さん良くご存じの「三殺法」があります。「剣先による攻め」・「気による攻め」「技による攻め」です。この剣先・気による攻めが上級者には重要です。
先ず「剣先による攻め」ですが、自分と相手の中心線上に常に、自分の竹刀があること。左右上下に打つぞ突くぞという気で攻める。正中線を中墨ともいいますが、ここから大きく動かさないこと。自分の剣先が中心から外れると隙になります。
次に「気による攻め」は、「充実した気勢」「気位」で攻める。充実した気勢とは、意思を決定する心の動きです。呼吸法や気合が重要で、心身共に気合が充実して相手を圧倒する勢いです。気位とは、鍛錬を積み重ねたことによって得られた自信から生まれ、発せられる威力・威風のことです。気勢の充実しないままの打突は駄目です。気構えを強くして、中心を外さない攻めをすること。
攻め崩しとは、攻めに対して何らかの反応・変化を示し、剣先・体が崩れた時に、初めて攻めたことになる。相手に心の動揺ー「狐疑心」「驚懼疑惑」の念を抱かせる。剣道は、偶然の打ちではなく、意図的に必然の打ちが要求されます。常に先を取り攻め立て相手に思うように技を使わせない、これが〝相手を使う〟ということになると思います。
篠原
「攻め」と「間合」の関係について伺えますか?
中田
立ち上がった時、直ぐに間合に入る人がいますが、先ず重要なのは「位取り」です。最初に自分を充実させること。その後、徐々に間合に入っていく。打つ前にやるべきことができていない人をよく見ます。合気が大事です。自分だけではなく相手もその気にさせ、心身ともに充実した状態で攻め合うこと。相手を攻める、相手も攻め返してくる、自分もまた攻め返す。この攻め返しができてないと技に繋がりません。
篠原
次に、姿勢および中心軸についてお話し下さい。
中田
姿勢とは、「姿」と「勢い」のことです。
「姿」は「着装を見れば品が分かる。礼法・所作を見れば格が分かる。構えを見れば品格が分かる。初太刀を見れば覚悟が分かる」と言われます。取り組む気持ちも大切です。
中段の構えとは、右自然体で姿勢正しく進退・攻防・応変が自由で少しの隙もなく、心広く、体豊かなるを要すと言われてます。目・剣先・臍・足先・気持ちが相手に向かう「不離五向」、「三角矩」の構え、攻防の一致の構えが大切です。
打突の時の適正な姿勢とは、打突した時の体勢と方向が一致し、体が安定していること、後ろ足を早く引き付け、腰の平行移動で打つことが大切です。
「勢い」は、先の気位で打つぞ突くぞという、気が充実して相手を圧倒する勢いであること。充実した気勢とは、意思を決行する心の動き、心身共に気合が充実して相手を圧倒する勢いのことです。
中心軸とは、腹と腰・背、いわゆる「体幹」・「体軸」のことであり、五つの腰椎を垂直にした、腰骨を立てた状態です。相撲では「腰を割れ」と言われてます。臍下丹田に気と息を溜め、腹圧を強くしたまま呼吸をすることによって、上虚下実の状態をつくります。禅では、長呼気丹田呼吸「鼻呼吸」と言うそうです。口でハアハアと息をしないこと、高野佐三郎先生は、「口で絶対息をしては駄目、口で息をすると気力まで出てしまう」と言っています。工夫して下さい。
篠原
響く打ち方についてお伺いします。
中田
一点は「手の内の作用」です。「強度と冴え」によって、打突部で打突部位を正確に、刃筋正しく打突することです。面と胴は強く、小手と突きは軽妙に打つことが肝要です。自分と相手が感じるものですが。
もう一点は、打突が観衆や審査員といった第三者に感動を与える打ちです。心を以って心を打つ。技としては、相打ちのような打ちで一瞬の差による勝ち。即ち、攻めて気で勝って、相手の不十分な技に対して、「出頭」「応じ」「すり上げ」「抜き」「切り落し」打ちです。相対的条件ですが、感動を与える、響く打ちだと思います。
篠原
面と胴は強く、小手と突きは軽妙に…についてもう少し詳しくお願いします。
中田
面と胴は、鉈で切るようにしっかり打つ・切るということ。小手は菜切り包丁でキュウリを切るようにスパッスパッと切ること。突きは、突き7分・引き3分と言われるように、突きっ放しではいけません。
篠原
高齢者や女性が、特に気をつけた方がいいことがありますか?
中田
現行の称号・段位規則においては、特別に高齢者・女性の審査に向けてということはありません。審査に臨む心構えは老若男女同じです。敢えて言えば、どの段位も同じ技量・年齢で受審します。その中で、当該段位の付与基準と審査上の着眼点を満たし、格上で抜き出ていること、この抜きでるということが大切だと、私は思っています。同格では駄目です。
教育評価の一つに、「絶対評価」「相対評価」がありますが、剣道の審査は、相手との優劣も判断評価します。年齢・体力に応じた、体さばき・手の内・強度と冴えを工夫して下さい。
篠原
その他に何かありましたらお願いします。
中田
「日本剣道形」の修錬に努めて頂きたい。我が国の文化遺産と言っても過言では無い「日本剣道形」を正しく継承し、次代に伝承することは剣道人の使命と考えます。剣道の原点である「刀法の原理」「攻防の理合」「作法の規範」を学び、「手の内の乱れ」「体の崩れ」「刃筋も無視した打突」を是正する教育のために制定されたと言われてます。有効打突の要件・要素、「理合」は、全て形で学ぶことが出来ます。
日本剣道形、木刀による剣道基本技稽古法、そして竹刀稽古法を学ぶことにより、刀・木刀・竹刀の繋がりから導き出される有効打突についての理解が深まると思います。形と竹刀稽古は、車の両輪・鳥の両翼です。
我が国の伝統と文化に培われた剣道を、正しく伝承して、その発展を図り「剣道の理念」に基づき高い水準の剣道を目指すことが第一義です。我が国の伝統文化である武道としての剣道の根幹だと思います。上級者は自覚して貰いたいと思います。
最後に「残心」についてお伝えしたい。打突後の不適切な行為が散見されます。気を緩め、相手に対する身構え・気構えに欠ける行為などは、剣道の方向性が変わってしまう危険性があります。感情を顕わにしない、相手を思いやる「惻隠の情」・「敬意」を表することが大切です。日本の伝統文化として、礼を重んじる武道としての大切なことです。
「残心を 残す心と思うなよ 打った気力を暫しその儘」という道歌があります。何事も終わった後は、油断大敵・締め括りが大事です。又、次に備えるという心構えが大事です。日常生活にも活用して下さい。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。