図書
『令和版剣道百家箴』
「お伝えしていくもの」
剣道範士 野口 愼一郎(熊本県)
私は、小学校6年生の春に剣道を始めました。入門した剣道道場龍驤館では、稽古の終わりにかならず紫垣 正弘館長先生が
「つるぎこそ こころのまもり みのまもり やがてみくにを まもるみたから」
と、朗々と吟詠されました。子供心にも、剣道をすることで身につけていくものはこういうことなのだ、と理解しました。
「剣道の理念」に初めて触れたとき、すぐにこの時のことが思い起こされ、剣道を続けていくことに、改めて確信を持ったものです。
云う迄もなく剣道は、剣の理法の修錬です。理法を私は心法、身法、刀法、それに礼法ととらえています。そして、一番大事にしなければならないのが礼法です。
剣道は、人間の大事なところを打ったり、突いたりしなければなりません。だからこそ、自分の体の大事な部分を打たせ、突かせてくれるお相手に対して、尊敬と感謝を込めて「あなたの大事なところを打突させてください、おねがいします。」「あなたの大事なところを打突させていただいて、ありがとうございました。」と礼をします。お相手を大事にします。
自分が剣道を楽しむことができる場所に対して感謝を込めて礼をします。そこへ向かって、出入りの時に必ず礼をするのは大事なことです。そこがあるから、剣道をすることができるのですから。剣道をする場所を大事にします。
自分に剣道をさせてくれる、自分の周りの人に対して、感謝をこめて礼をします。自分が剣道をすることに理解があるから剣道ができるのです。自分の周りの人を大事にします。
剣道ができる環境を整備してくれる地域社会に対して感謝し、礼をします。剣道をする場所の提供が無かったら剣道ができません。地域社会を大事にします。
剣道を伝統文化として大事にしてくれる国に対して感謝し、礼をします。剣道を(竹刀や剣道具その他の製作を含めて)大事な文化として認めてくれているので、剣道ができます。国を大事にします。
自分たちを生かして、剣道ができるようにしてくれる地球に対して感謝し、礼をします。地球があるから私たちは生かされています。生きているからこそ剣道を楽しめます。地球を大事にします。
このように、自分が剣道をできるようにしてくれる全てのものに対して感謝し、尊重して、その表れとして礼をし、大事にする気持ちを養います。であるからこそ剣道は、教育的価値が非常に高い運動文化であると確信しています。
剣道は、高齢者が若手を相手にしても引けを取らない、それどころか圧倒する、他の種目には考えられないところを持った運動文化です。運動能力に優れた若手でも、高齢の先生に圧倒されるような場面が少なくありません。そういう力をつけたくて、どうしたらと先生にお尋ねしたら、「稽古だよ」の一言です。いかにして稽古で、そういう力をつけることができるかが、私のテーマです。
卒業時に中野 八十二先生から、できるだけ数多くの稽古して、いろいろなタイプの方への対応力を身につけなさい、というお言葉をいただきました。今は、その経験を元に、自分流の剣道を試させていただき、剣道を楽しんでいこうと稽古させていただいています。
「切り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ ただ切り込めよ 神妙の剣」
「この『ただ』が難しい」とは、湯野 正憲先生がよくいわれた言葉です。まさしく、無念無想で、一心に打ち込んでいく大事なところだと思います。
攻め込んでくるお相手に対し、打たれまいとして構えを崩さない様にする。打たれまいの心を捨てて、打たれてもいい、ただ自分の技を振るう、それが大事と思います。
以前、この時の心境を、お二人の先生に違う表現で教えていただきました。「自分だけうまいことしようとするな。相手にもうまいことさせろ」「剣道具は打たれるためにある」というお言葉です。打たれることを恐がらず打ち込め、と理解しました。
打つところは打たれるところです。間合に入って行くか、入らせなければなりません。自分の打ちが届く間合に留意して、自分の前に気を張るよう意識して構えを進めていく、間合に触れたらすかさず技を出す、お相手が、その間に技を出してくれば迎える意識です。
今まで多くの先生方に、いろんな事を教えていただきました。それをお伝えしていくことが私の役割ではないかと考えます。剣道を続けていける体に生んでくれた親に感謝し、あせらずにずっと稽古を続けて、できることを、できなくなるまでやっていこうと考えています。(受付日:令和7年4月7日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



