図書
『令和版剣道百家箴』
「初心忘るべからず」
剣道範士 小坂 達明(大阪府)
そもそも剣道を始めた切っ掛けは11歳年上の兄・小林 三留(旧姓小坂、後に範士)の影響である。自身が小学校低学年の頃に第11回兵庫国体において、母校鏡野高校(岡山県)が優勝を遂げて凱旋パレードがあり、その光景を目の当りにして甚だしく感動し、憧れて兄のように強くなりたい一心で剣道少年になった。
高校は剣道の名門・鏡野高校(インターハイ、国体等、優勝)で、名伯楽と謳われた表江 智舟先生の門下生として指導を仰いだ。教職と住職の二足の鞋を履く師は、時には法衣をまとい威厳に満ち一心に祈念されるお姿に、部員一同は平伏して、清々しい気持ちで稽古に励んだ。教え方は褒め上手で自信を持たせて、伸び伸びとして大会に臨ませた。その甲斐あって、インターハイ、国体等で好成績を収め、高校オール・ジャパンのメンバーに選出され、未だ本土復帰前の沖縄へ親善試合に派遣されて大変な歓迎を受けた。一行の中に蒔田 実氏(当時PL学園・現・範士)の姿もあり、今日まで交剣知愛を育んでいる。卒業時の餞の言葉として「将来必ず剣道の御蔭と思うことがある、辛抱して努力せよ。」と頂き、励まされた。爾来、揺るぎない信念として欣求不断の精進の礎となっている。
大阪府警察の現役生活は、俗にいうところの剣道特練生として、最大目標である警察日本一達成に向けて一心不乱に稽古三昧の日々を送り、名誉と責任を担った。
代表選手は「七人の待」と呼ばれ、大将の小林 三留を筆頭にそれぞれが「名うて」の得意技を誇った。小林と言えば「片手突き」。有馬 光男(現・範士)は「小手」。小川 功(故人・範士)は「面」。因に戦歴は 小林が第1回世界剣道選手権大会優勝、第1回警察剣道選手権大会優勝。有馬が警察剣道選手権大会優勝、全日本剣道選手権大会準優勝。小川が全日本剣道選手権大会優勝。筆者が世界剣道選手権大会、全日本剣道選手権大会、警察剣道選手権大会それぞれ準優勝。中でも至上命令とも言うべきの警察剣道日本一(団体)の優勝は、ライバル警視庁との東西対決を制し感無量だった。又自ら大将としてチームを率いて石田 健一(現・範士)、石塚 美文(現・範士)と共に優勝を果たした時は、選手生活の有終の美を飾ることになり、感慨一入のものがあった。無事に選手生命を全うすることができたのは一遍に師の数えの賜物であり、感謝の情を禁じ得ない。
世阿弥は『花鏡』の中で「時々の初心」、「老後の初心」を説いている。 現在は生涯剣道を目指す過程において、「老後の初心」として崩れない剣道を心掛けている。
崩れない剣道
① 構えについて
「有構無構」。我に城郭なし、心を持って構えとなす。軸となる左手、左足、左腰を一体として働かせて懸待一致の気構え、身構えを作る。
② そして左手の内は柔らかく、右手の内は方向性と刃筋を立てる役割を成す、剣先は相手の剣先を覆うが如く応変させて遣う。
③「浮木流木」は、水に浮いている木を沈めようと思っていくら突いても沈まず、浮木は絶えず水を抑えて浮いていることをいうが、手元が崩れないことを示す教えである。
④ 剣先と間合について
剣先の働き、剣先を利かすことで相手は容易に間合に入ることができず、剣も心も制する力と位が備わる。詰まるところ知恵や人格を表わす。又、間合は通常の間合(遠間、近間、一足一刀の間)の他に、手元も間合と見なす。彼我の関係において手元の間合の攻防が虚実の駆け引きとなり、主導権争いの要となる。
⑤ 事理一致について
理に随い、攻め崩し、隙を捉えて、事(技)を放つ、攻防において攻め勝った方に理があり、打つ権利を有する。所謂「打(切)って勝つのでは無く、攻め勝った後に打つ」。事理一致の理合に適った剣道の教えに「白雲未在」という禅の公案があるが、努めても努めても尽しきれない事理一致の剣を求めて苦悶する日々。しかしながら、修行の極致である「無心の技」の工夫に余念がない「老後の初心」である。
終りに
「温故而知新、可以為師矣(故きを温めて(たずねて)新しきを知れば、以って師為るべし)」を座右の銘として、先師、先輩の教えを学び、新たに「剣の理法」の修錬に励み、伝統文化の継承者として後輩に連繋するべしと念願する。(受付日:令和7年4月18日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。



