
図書
『令和版剣道百家箴』
「剣道人生振り返り」
剣道範士 網代 忠宏(神奈川県)
全日本剣道連盟から「令和版剣道百家箴」執筆の依頼を受けました。自由記述で題目は特に指定はしないとのことなので、自分史概略を纏める事としました。
私は、3人の恩師から薫陶を受け感化されたと言っても過言ではありません。中学・高校・大学生時代の剣道部の先生です。中学の恩師は、山本 達郎先生(元今治明徳高校校長・理事長)、高校時代の恩師は、岡 憲次郎先生(元警察大学校教授・元国際武道大学長)、大学時代の恩師は、阿部 忍先生(元日本体育大学教授)です。既に他界なされ黄泉の国で剣道談議に花を咲かせていると思います
私は、東京の某有名優秀中学校を受験し失敗し、傷心を抱いて昭和30年4月に東京の区立中学に入学しました。剣道を始めたのは、この時、13歳でした。剣道部の先生から誘われて入部したのが竹刀に人生をかける発端になりました。先生は、剣道三段で理科を担当する先生でした。大変な剣道崇拝者で、口癖は「一生懸命に稽古をすれば人生が開ける」と唱える先生でありました。学校には剣道場はなく、校庭の一画を道場と見立て、運動靴を履いて稽古をしました。雨天時は、教室を借りての稽古でした。戦後、間もない時期で学校の施設は完備していない状況なので施設不備への不満はありませんでした。稽古は放課後、週末は剣道大会等があり、いつも先生と一緒でした。剣道の指導を受けることが楽しみでしたが、先生と共に剣道活動を実践する喜びが大きく、充実した中学時代でありました。
高校への進路は、クラス担任から都立高校への進路指導がありましたが、剣道部の先生は、東京の剣道強豪高校への進学を指し示してくれました。心理的葛藤がありましたが、強豪校で頑張ろうと高校進学を決めました。理由は、私の果たせなかった夢を君に叶えてほしいと言う先生の思い。先生は、戦後、剣道が占領政策の中で禁止され剣道教師を養成する専門学校や教育過程が廃止され、夢が閉ざされてしまった。「網代に僕の夢を託す」とのことを言われました。今でも鮮明に記憶しています。また、先生と生徒の関係以上に師弟としての絆があったからです。
高校に入学し、早々に剣道部に入部しました。驚いたことに新入部員は、道場に入りきれない人数でした。道場での稽古が出来ないので校舎の屋上で素振り、すり足、空間打突動作等の稽古でした。床はコンクリート。さらに直射日光の下なので大変な思いをしました。道場掃除と屋上での基本稽古なので退部者があり、一学期の中頃に漸く道場での稽古ができるようになりました。上級学年からの途轍もない猛稽古で中学時代の楽しいかった稽古が一変し、幾度も挫折しそうになりましたが、道場を離れると面倒見がよく優しい上級生で、学園生活の場面で様々なご指導をいただきました。厳しくも楽しい高校生活でした。切磋琢磨することの大切さを学びました。
高校3年生の11月頃に先生から大学進学の話がありました。出身中学の先生から剣道を専門とする保健体育教師に育ててほしいとの要望があるので、君を待っている先生が世田谷の深沢町にいるから稽古にいきなさいと指示を受け、訪問した学校が進学する大学でした。
進学した大学の師の下で、剣道稽古と専門の勉強に精励努力をしました。師は、稽古を休むと罪悪を感じると言われ、継続する事の大切さを教導してくださいました。大学4年時に師からの推薦で東海大学に就職することが決まりました。私の勤務する学科は、3年後に設置されるとのことで、付属高校(現東海大学浦安高等学校)に席を置き、その後、大学に移動し体育学研究と剣道稽古に専念しました。助手時代の上司は、井上 正孝先生、小柳津 尚先生、橋本 明雄先生でした。体育学部武道学科主任教授、大学院体育学研究科主任教授等の任をへて43年間の教員生活を65歳で終えました。
全日本剣道連盟での活動は、50歳の折に全剣連の社会体育委員に任命された時から始まりました。以来、指導委員会、国際委員会、称号段位委員会、普及委員会、副会長の任に当たり、令和4年6月から会長に選任され現在に至っています。また、国際剣道連盟会長も担っています。
国内外の剣道講習・研修会の講師また国内の主要剣道大会の審判員、さらに世界剣道選手権大会には、審判員として5回(サンタクララ、グラスコ-、サンパウロ、ノバーラ)参加いたしました。令和5年10月にサウジアラビアのリアド市で第3回コンバットゲームズ剣道大会が開催され、大会会長として出席しました。令和6年7月に第19回世界剣道選手権大会が、イタリアのミラノ市で開催され、大会会長として参加しました。
昭和18年生まれの81歳、想定外の年齢までこの世に生きてきて、人生を振り返ると68年前「剣道部に入らんか」の誘いを断り切れないで竹刀を握ったことから剣道人生が始まりました。まだまだ未熟者ですが範士八段の域に達するまでになりました。
剣道に身を投じて約70年、3人の恩師が、人生の進路を指示する羅針盤であったことに感謝しています。
剣道から教育理念をなくしたら暴力行為に過ぎません。教育の目的は、人格の完成ですが、剣道は、人間形成という目的を以て活動をしています。指導者は、魅力ある人間力を養うことが大切であると痛感すると共に、剣道修錬の心構えを具現すべく精励努力をする決意を新たにしています。(受付日:令和6年8月6日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。