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段位審査に向けて
第9回 香田 郡秀範士に訊く
本企画も第9回を迎え、今回は女子委員会の佐藤厚子委員長が聞き手となり、試合・審判委員会委員長の香田郡秀範士にお話を伺います。
佐藤厚子女子委員長(以下佐藤)
「只ひたすら稽古している」「取り敢えず稽古している」「一生懸命稽古している」のに審査に合格しないと言う方は、何かポイントをつかめていないのではないでしょうか。もう少し視点を認識し稽古に励んではいかがでしょうか。
自己満足ではなく、お互いにポイントに合わせた評価やアドバイスをして頂き、稽古に励んだ方が効果的ではないかと思い、女子委員会として令和3年2月長野審査会より、全国で行われている六・七・八段の審査会に出席させて頂いています。特に女子受審者に注目し、レポートにまとめて女子委員会で共有し、研修を行っています。本日は女子委員会として「昇段審査に向けた修錬の視点」の第2弾に向けて、香田郡秀範士に直撃インタビューをさせて頂きます。
早速ですが、受審時に体格や体力差等をどのように攻略したら良いですか?また、その為の稽古法等を教えてください。
香田郡秀範士(以下香田)
剣道は他の多くのスポーツに比べて、体格や体力差を他の要素である「気攻め」や「竹刀操作」等でカバーできると考えられます。これは女性だけの問題ではなく、男性高齢者が若手と対峙するときも同じ事だと思います。
・気攻めについて 気を整え→合気(呼吸を合わせる)→気を溜める→気で崩す→機会を捉える→打突(捨てきる)、これが心法に基づいた打突の手順だと思います。この過程を無くして手が先に出れば、これがよく言われる「手先の打ち」になります。「手が先」に出るのではなく「気を先」に押し出すような稽古を普段から心掛けて頂きたいと思います。
・竹刀操作について 一本の竹刀を両手で扱うところに難しさがあります。昔から右手は押手、左手は引手と言われています。また、掌中の合理的な使い方により「冴え」や振り下ろしのスピード、強度のある打突が生まれます。竹刀操作において女性に多く見られる特徴は、肩関節を使わずに肘関節の曲げ伸ばしで、竹刀を打突部位へ直線的に持っていくような打ち方です。この打ち方では「冴え」もスピードも出ませんし、勢いもなく技が小さく見えます。また、見栄えもしないので、審査では不利になると思います。
・肩を支点とした振り方 体勢が崩れたり、力むと肩を支点とした上肢の振り上げや、振り下ろしが乱れ、刃筋の通った打突や冴えのある打突、正しく打突部位をとらえることができなくなります。実践的な小さな打ち方でも肩関節を使い、上肢を肩の高さまで上げると同時に肘と手首を伸ばします。コツがつかめない方はハエ叩きの使い方を想像してください。「差し面」のような打ち方ではなく竹刀の先が振れることにより「冴え」もスピードも出てきます。
・当たり負けをしない あまり男性とガチッと構えると負けてしまいますので、女性の特性を生かし、「柔らかい竹刀操作」と「軽やかな足さばき」で対応するのが良いと思います。体当たりを受けるときは脇を開けないで、軽く閉めることが大切です。また、体当たりをまともに受けないで、足をさばいて相手を崩す稽古などを普段から取り入れたら良いかと思います。
・面打ちだけではなく小手打ちも審査になれば、面で打ち勝たなければと思われている方が多いと思いますが、どうしても身長差が大きいと、面で勝負するのは不利になると思います。身長差がある場合、女性の方は小手打ちの方が鋭く打てるのかと思います。
・足の踏み込み 審査で合格の基準となるような打ちは、足の踏み込みの良い音がします。女性の方は、この音があまり聞こえません。必要以上に強く踏み込む必要はありませんが、右足全体で自分の右膝下に踏み込んで、その後、瞬間的に踵を僅かに上げます。これが足の冴えにつながり、良い音がします。体も沈むことなく、左足も自然に引きつきます。「手の内の冴え」はもちろんですが、「足の冴え」を意識することも大切です。
佐藤
昇段審査の立合いから打突までに、審査員として見ていらっしゃるポイント等お聞きしたいですね。
香田
・凛とした立ち姿 礼法から凛とした姿勢で相手に立ち向かっていける力強さを醸し出してほしいと思います。
そのためには着装が大事だと思います。女性の場合、面布団が長かったり、胴や垂が大きい人が目立ちます。特に面のサイズはきちんと合わせる必要があります。物見の位置から「遠山の目付」を意識することが大切です。物見がズレると対峙したときに顎が上がったり、引きすぎる姿勢になり、この状態ではお腹の力が抜け、腰が引けた打突になります。
佐藤
打ち間に入るまでの入り方や、入ってからの攻防の仕方、また、ただ入るのではなく雰囲気的にどのような感じで打ち間に入れば良いですか?
香田
・動的な姿勢と安定性 姿勢を良く見せようと右膝を伸ばし過ぎている人を良く見ます。ただ構えているときには良いのですが、出入りや打突するときに右足が「つっかえ棒」のようになって動きがぎこちなくなり、安定感もありません。右膝は、ややゆとりを持たせ、左の「ひかがみ」は、伸ばした方が良いでしょう。
・入り方 左足は動かさず、右足はゆっくり、相手を誘うように出します。相手が前に動いたら出ばな技を、相手が引けば、左足を素早く短く継いで打突します。左足の引きつけが大き過ぎたり遅いと、攻めは入りから打ちがスムーズに行えません。逆に相手に隙を与えることになります。
・攻め入りは腰からの体移動 骨盤をやや前傾させ、背骨を縦方向に伸ばします。横から見ると水月が一番出ている状態です。右足を軽く浮かせると自然に腰からの移動ができやすく、そのまま水月で相手の竹刀を割っていくような気持ちで攻め入ります。
この姿勢は「相手からは遠く自分からは近く」と言われる間合に繋がると思います。水月より頭が先に出ると、逆に「相手から近く」感じる間合になり、出ばな技などを狙われやすくなります。
・「剣」と「体」をつなぐのは左手 中段の構えは大きく肩の力は抜き、「ゆとり」をもって構えます。この「ゆとり」の範囲内で、自分の竹刀の鎬で軽く抑えるようにして中心をとります。この時、大切なことは左手の位置です。左手の位置は人それぞれ体格によって若干違ってくると思います。「左手親指付け根の関節が臍の高さ」が基本です。剣先の延長は自然に相手の左目に向かい、攻め入るときは、剣先を相手の左目の位置から、右足をやや前に出しながら、ただ前に出るのではなく、いつでも打てる準備をして、左鎬で乗るように鍔元へ移動させます。攻めるときに手を出して攻める人を見かけますが、逆に左手は、少し自分の臍に引きつけるように意識した方が良いと思います。
佐藤
打ち間での気負い・気後れ・出遅れがあります。その解消の仕方はどのようにすれば良いですか?
香田
・気負い 確かに気負い過ぎては駄目です。「なんとか打とう」とか「合格したい」とか、強く思いすぎると個我が働き、呼吸も心も乱れ、自分勝手な立合いになります。これが気負うと言うことになるのではないでしょうか。「自分の良いところ」、「普段の自分の稽古や今まで努力した所」を見てくださいと言う気持ちで審査に望んだ方が良いと思います。また、自分のできない余計なことを考えすぎるのも良くないと思います。
・気後れや出遅れ 打突の機会は一瞬です。早すぎても、遅すぎても技が成功しませんし、逆に反撃されることになります。
「虚」と「実」を見極めて「気」と「剣」で充分に攻め込み、相手の技を封じ込んで打ちます。また「受け」と「応じ」は異なります。受けてから打つまでに時間がかかると「受け」になります。「応じ」は瞬時に対応できることです。竹刀で応じる幅をできるだけ小さく、「刃」ではなく「鎬」で応じる稽古を普段から心がけてください。
佐藤
最後に女子剣道の未来に期待することで、何かありましたらお聞かせください。
香田
・幼少年の指導と普及 既に女子委員会で検討されていると思いますが、幼少年の指導や剣道離れについてです。女性特有の優しさを生かし、子供達の指導をお願いします。子供達に剣道の面白さや楽しさを教え、父兄にも剣道に目を向けさせることは、女性の先生達の方が適していると思います。その役割を是非担って頂きたいと思います。
・女子七段戦の開催 女性の方は、結婚や出産、子育てのため30代に剣道から離れる方が多いと聞いております。剣道離れの防止と、剣道再開を望みます。そのためにも女子七段戦の開催は、効果があるように感じます。高齢になっても「人に見せられる剣道」を続けていこうという目標や励みにもなるのでは?男子八段戦同様、女子七段戦においても観戦したいという方は沢山いらっしゃると思います。
・女子審判員に期待 最後になりますが、試合・審判委員会委員長としてのお願いです。
昨年はコロナ禍の中、女子の審判研修会・講習会は全て実施することができました。本当に真摯な態度で参加して頂き、ありがとうございます。研修会を受講する毎に審判技能が向上したと感じます。「新型コロナウイルス感染症が収束するまでの暫定的な試合審判法」についても速やかに適応して頂きました。
今後はどのような試合状況においても「戸惑い」を少なくし、瞬時に適切な判断を下せる「対応力」を身につけて頂きたいと思います。どうか熟達した審判員を目指して精進されることを願います。そして、将来的には女子大会は全て女子で実施できるようになればいいですね。
佐藤
香田先生、お忙しい中、インタビューに応じて頂きまして、ありがとうございました。
最後の挨拶をした後、生前父から教わった一言をふと思い出しました。「人にものを頼むときには忙しい人に頼め。何でもやりこなせるので、色々な人から頼まれるから忙しくなるんだ」と。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。