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不適切な突き技によって起こり得る重大事故

全日本剣道連盟医・科学委員会 編集
I.突き技の特性
突き技の外傷は他の技と違い、以下の特徴があります。
- 打突点にかかる力が大きいこと
突き技は竹刀の先端を用いる技であるため、比較的小さな面積に力が集中します。このため面・小手・胴の打突よりも面積当たりのインパクトが非常に強くなり、その分防具から外れた時のけがのリスクが高くなります。 - 頭部が激しく揺さぶられ得ること
予期しないタイミングの突き技は頭を強く揺らし、脳しんとうを起こすリスクがあります。また面に引っかかるなどの時に、くびが強く回転する方向にも負荷がかかることがあります。このような時には、打撲による外傷だけでなく、くびが「引き伸ばされる」ことによる神経やその周囲の組織が傷つくリスクが生じ得ます。 - 打突部周囲に重要な器官が多くあること
突き技はくびあるいは胸という、ヒトにおける一番の急所を対象としています。くびにどのような器官があるのかを知っておくことは、突き技の注意点を知るためにも大切です。
II. くびにある重要な器官(図1)
くびにある重要な器官には、頸動脈・甲状軟骨(のど仏)・声帯・脊髄などの重要な器官があります。正面と横からみた各々の位置関係を下の図に示します。くびの両側の前面、少し上の方では、頸動脈がかなり浅いところを流れています。さらにのど仏の真後ろには声帯という重要な器官があります。声帯がふさがると、声が出ないだけでなく息が吸えなくなってしまいます。またくびの後ろには、脊髄(せきずい)という、手足の運動にとって重要な神経の束が走っています。
【図1.くびの解剖】
III.胸や脇にある重要な器官(図2)
胸には、心臓・肺などの重要な器官があり、これらの臓器は肋骨と厚い筋肉で囲まれています。腕の付け根(脇)には、腕につながる血管・神経の束があります。
【図2.わき・うでの解剖】
IV.打突部位を外したときにごとに起こりえる、部位別の重大事故と注意点
- 頸動脈
<起こり得る病態>
動脈解離・脳塞栓
<解説>
くびでは、頸動脈という太い血管が、比較的浅いところを走っています。ほとんどの部分は「胸鎖乳突筋」という筋肉で保護されていますが、真ん中より上の部分に一部、筋肉がかぶさっていない部分があります。面の隙間からこの部位に竹刀が入ってしまうと、血栓というかさぶたの塊ができ、その塊が脳に飛んで脳塞栓を起こす、あるいは動脈解離といって血管が裂けかけてしまう病態などが起こり得ます(図3)。 - 甲状軟骨(のど仏)・声帯の外傷
<起こり得る病態>
声帯麻痺・声帯浮腫
<解説>
くびの中心に近い部分には、声帯という声を出す器官があります。声帯は声を出すのに重要なだけでなく、空気が肺に入る「入口」でもあり、ここがふさがると息ができなくなってしまいます。声帯を守っているのがいわゆる「のど仏」と呼ばれる甲状軟骨です。のど仏はくびの正面にあり、普段は防具にきちんと守られていますが、面の下から竹刀が入ってしまうとき(図5)や、突きが入った後にさらに力を加えるような、いわゆる「突きっぱなし」の突きなどでくびの正面に非常に強い力がかかってしまったときなどに、甲状軟骨やその奥の声帯に傷がつくことがあります。
声帯が傷ついたり、周りの組織がむくんで声帯を圧迫すると、声がかすれたり全く出なくなってしまうことがあります。声帯のむくみがひどくなると息が吸えなくなって苦しくなることもあり得ます。また、障害の度合いが強いと、空気の通り道から外へ空気が漏れ、下で述べる縦郭気腫を起こすこともあり得ます。 - 咽頭・気管の外傷
<起こり得る病態>
皮下気腫・縦郭気腫
<解説>
下からの突きや力を入れすぎた突きでは、まれに竹刀がくびの上の方まで入ってしまうことがあります(図4、図5の左側など)。顎の下からくびの上部までは比較的柔らかい組織なので、ここに突き技が入ると、空気の通り道である喉や気管の粘膜が傷ついてしまうことがあります。粘膜が傷ついた状態で大きな声を出し続けていると、空気の圧力で粘膜の下に空気が入り込み、皮下気腫・縦郭気腫という病態を起こすことがあります(図6)。空気が漏れすぎると本来の空気の通り道が塞がれてしまう危険もあります。また空気と一緒に唾液も皮下に入り込んでしまうと、ばい菌感染を起こしてさらに非常に重篤な状態になることもあります。 - 脳・脊髄の外傷
くびは脳を支える重要な臓器です。またくびの後ろには脊髄という、運動や感覚の全てをつかさどる神経の束が走っています。これらの神経は硬い骨に保護されていますが、はげしくくびが伸ばされたり、頭が揺らされたりすることで神経やそれを包む膜などが傷つき、重篤な事故が起こり得ます。
<起こり得る病態>
脳しんとう・脊髄損傷・髄液ろう
<解説>
脳しんとうとは頭が激しく揺さぶられることにより脳に細かい障害が起き、意識がもうろうとしたりふらついたりする状態です。こちらについては全剣連の詳しい解説がありますので参照ください(※)。脳だけでなく、脊髄もまた、伸ばされることで障害を受けることがあります。いわゆる「むちうち」と言われる症状です。またしばらく経った後に、脊髄ろうという症状が出ることもあります。これは神経を包んでいる膜に傷がつき、脊髄の周りを流れて神経を保護している液体が外に流れ出してしまう病態です(図7)。 - 肋骨の外傷
<起こり得る病態>
肋骨骨折・鎖骨骨折
<解説>
胴の外側に竹刀が外れた時に、肋骨や鎖骨に強く当たることで、骨にひびが入ったり骨を包む膜(骨膜)に傷がついたりすることがあります。腫れやひびは徐々に悪化することもあり、突きを受けて数日後に突然痛み出すこともあります。肋骨骨折の多くは安静にすれば治りますが、骨折の程度が強いと、動いたり呼吸をしたりすることで徐々に骨がずれてしまうこともあります。
<注意点>
突きが外れた後、あるいはその数日以内で、息を吸ったときや大きく振りかぶった時などに胸の同じ場所が痛む場合には、肋骨骨折や鎖骨骨折の場合もあります。 - 肺の外傷
肺は肋骨と胸筋・背筋に防護されている臓器であり、突きのみで肺に穴が空いたり傷がつくことはありません。 - 神経の外傷
<起こり得る病態>
わきの下には、手に続く神経の束が走っています(図2)。わきの下の深い部分に突きが入ってしまった場合、この神経を傷つける可能性があります。また、わきの下には太い血管が走っています。直接神経に触れない場合でも、皮下に出血をして血のかたまり(血腫)が神経を押すことで、腕全体にしびれや痛みが出ることがあります。
<注意点>
突きがわきの下に外れた後、あるいはその数日以内で腕の痺れ(多くは腕や手の外側だけ、内側だけ、など、限局して症状が出ます)が出た場合には、神経が傷ついている場合があります。痺れが徐々に悪化したり、指や腕が動きにくい、握力がなくなる、などの症状が出た場合にはすぐに医療機関を受診しましょう。 - その他
くびや腕・脇などの表面をこするような方向で突きが外れると、皮膚に傷がつくことがあります。市内の手入れが不十分な時にはささくれが刺さることもあります。自分では見えない部位も多いので、傷の痛みが続く時には他の人に見てもらい、化膿したりささくれが残っていたりしないか確認してもらいましょう。
【図3.頸動脈の血栓と解離】
<注意点>
とくにくびの横(図4)に突き技を受けた後、激しいくびの痛みや手足が動かないなどの症状が出た場合には、くびを動かさずに速やかに医療機関を受診しましょう。
【図4.頸動脈を傷つけ得る突き】
<注意点>
くびの正面に強い突き技が入ったあとから声がでない、息が吸えないなどの症状が出た場合には、無理に声を出さずに医療機関で検査を受けてください。
【図5.声帯を傷つけ得る突き】
【図6.皮下気腫・縦郭気腫】
<注意点>
面の下から竹刀が入り込み、くびの上の方やあごの下などに突きが入ってしまう場合に、その後から飲み込むのが辛い、声を出すと痛い、皮膚の下がプチプチする気がする、などの症状が出る場合には、声を出すことをすぐにやめて安静にしてください。ものが呑み込めない時にはすぐに医療機関を受診してください。ものが呑み込めたとしても、症状が半日~1日経っても悪化する時、熱が出るような時にも医療機関を受診してください。
【図7.髄液ろう】
<注意点>
突き技で激しくくびが伸ばされたりねじれたりした(図8)後に、激しいくびの痛みやめまい・吐き気が出るときにはすぐに稽古を中止して、医療機関を受診してください。また、激しい突き技を受けた後数日たってから、長時間立っていると激しい頭痛が出るようになった、などの症状が出た時には脊髄ろうの可能性もありますので、専門機関の受診をお勧めします。
【図8.脳しんとう・髄液ろうを起こし得る突き】
※脳しんとうについてはこちらを参照ください。
撮影協力:信州大学学友会剣道部、専修大学剣道部











